SNSの普及で再燃するステロイドバッシング
患者の不安に標準治療はどう向き合うか
本稿では前編に引き続き、約20年以上アトピー治療に携わってきた千葉県松戸市・うるおい皮膚科クリニック院長、豊田雅彦医師に話を伺った。
偽医学は否定するが、患者の願いは否定しない
豊田医師によると、患者のほとんどが何らかの民間療法や脱ステロイドを試したことがあるという。診察に時間をかけ患者の治療歴を聞くなかで、こうした民間療法の経験を打ち明けられるケースは少なくない。

千葉県松戸市・うるおい皮膚科クリニック院長、豊田雅彦医師
「まず前提として、『脱ステロイド』と称される一連の民間療法は、医学的根拠のあるものではありません。私も数十年の間、患者さん経由でさまざまな民間療法を知り、そこでいわれている『治療理論』や『ステロイド害悪説』の根拠を調べてきましたが、医学的根拠があったためしがありません。おそらく数千は下らない『新説』を見てきましたが、いずれも個人的意見の範疇を出ません」
「それどころか、国内の皮膚科医が準拠する『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン』では、標準治療の原点はステロイド外用薬の使用だと明記されており、むしろ脱ステロイドを中心とする民間療法を問題視し、誤った処置による重症化例が多数報告されています」
事実、1997年の国内調査では患者の67.4%が何らかの民間療法の経験有と判明しており、エビデンスに基づいた標準治療が制定されているとはいえ、アトピーと民間療法はいまだ切ってもきれない関係にある。※1
「医師として、科学的根拠のない偽医学は否定します。ですが長年、患者さんがアトピーに悩むなかで、いろんな事情があってそうしたものに頼らざるを得なかったことは事実ですから、その思いは受け止めたいと思います。患者さんにはそう信じるに足る、積み重ねてきた歴史がありますから」
治療は患者の心と体の回復に合わせて
病院では、患者が医療不信に陥っていることを前提に、段階的に標準治療の導入を行う。患者が強く希望する場合、アトピー性皮膚炎用のノンステロイド外用薬でできる限りの治療を行うこともある。
「患者さんが、ノンステロイドでの治療を希望される場合は、必ず治療限界をお伝えするようにしています。ノンステロイドの効果はやはりステロイドには劣りますから、それを理解してもらった上で治療に入らせていただいています。症状が今の2〜3割程度しか改善しなくても、それでもノンステロイドがいいとおっしゃるなら、その範囲内でできる治療を行っていきます」
「なかには、『ステロイドは怖いが、2〜3割程度の改善では困る』とおっしゃる方もいて、その場合は試しに半年使ってみることを提案します。患者さんもいきなりステロイドを常用するのは不安でしょうから、まずは期間限定で試してみないかと」
「実際に、必要量のステロイド外用薬を使っていると症状が劇的に改善してくるので、そこで初めて患者さんも『思ったほど怖くないかも』と医師の言葉に聞く耳を持ってくれる。ステロイド外用薬の作用機序や副作用の話をするのは、そのタイミングが来てからですね」
病院では、治療薬の効能や使い方を解説したオリジナルの患者用パンフレットを配布している。製薬会社が無償で提供している治療の手引きもあるが、自作の冊子では、患者さんにとってわかりやすく、疑問点を解消できるよう工夫を凝らしている。

うるおい皮膚科クリニック独自のパンフレットの一部
「初診時、患者さんには家にある処方薬と過去のお薬手帳を持ってくるようお願いしています。すると、ほとんどの方がものすごい量の残薬を持ってこられます。過去の処方歴を一緒に見ながら、『この薬使っていますか?』と聞くと、ほとんどの患者さんが医師の指示通りに薬を使っていませんでした。ベトベトして使いにくい、効果を感じないなどの理由で、患者さんに必要な量の薬を使えていなかったのです。ですから、医師はただ薬を処方するに止まらず、患者さんに薬を正しく使ってもらえるよう、工夫を凝らす必要があります」
患者にステロイドへの不安を抱かせる、根本的な原因はなにか。豊田医師はこう推察する。
「根本にあるのは、『なんとなく怖い』という感覚でしょう。患者さんに、ステロイドの何が怖いのか具体的な理由を聞いても、答えられないケースが多い。もし、『ステロイドが〇〇と聞いた』と理由を述べられるなら、こちらも関係する研究論文を調べて、データを元に患者さんに俗説の真偽をお示しできます。しかし、具体的な理由を挙げられる方はほとんどいません。みなさん、『なんとなく怖い』という。理由はなんとなくではありますが、感覚的な恐れほど強固なものはありません」
SNSが医療不信を助長する
患者のステロイド不安を考える上で、SNSの影響は見逃せない。XやInstagramを開くと、医薬品の危険性を訴える投稿に次々と出くわす。特に、小さい子どもを持つ親に向けた情報の中には、根拠のない民間療法が数多く流布し、親がこれを信じたために子どもが深刻な健康被害を負う事例が数多く報告されている。

SNSにはこのような投稿も。※画像は実際の投稿を再現したものです。
豊田医師の病院にも、子どものアトピーに適切な標準治療を行わなかった結果、症状が悪化し慌てて受診するケースが後を絶たないという。

「アトピーは、皮膚のバリア機能の低下により、花粉やダニなどの外部刺激にさらされ炎症が生じることで引き起こされる病気です。ですから治すためには、外用薬で炎症を鎮静化し、保湿により皮膚のバリア機能を強化させる必要があります。しかし一部の民間療法では『脱ステロイド・脱保湿・脱入浴』が推奨されることがあります。これらはどれもアトピーには逆効果であり、医療的見地から見て、医療ネグレクトに該当する可能性があります。治療ではありません」
「もちろん、医者が指摘したところで、親御さんはそう簡単には納得しません。『誰それがこう言っていた』『ステロイドを使った人はこんな目にあった』とおっしゃる。でもね、あなたが信じる治療法の結果、お子さんのアトピーはちっとも治ってないじゃないですか。そもそも、自分ではもうどうしようもない所まで悪化したから、うちに来たんでしょうと」
事実、アトピー性皮膚炎で入院した重症患者の44%が、民間療法による不適切治療が原因と報告されている。※2 また、2020年に国立成育医療研究センターがアトピー性皮膚炎の児童187名を対象に調査した結果、民間療法の経験がある子どもは自ら標準治療を中断する傾向があり、使用歴のない子供と比べて予後の重症度が高いことが判明している。※3
加えて、適切な処置を怠ったために感染症、腎不全、成長障害に至った症例や、患部の壊死による四肢切断、重度の栄養失調により乳幼児が死亡した医療事故が数多く報告されている。※4
豊田医師のもとにも、民間療法による重症例として緊急で患者の受け入れ要請があったが、すでに患者は重篤な感染症に罹患し、治療を受ける間もなく死亡した例もあったという。
医療は偽医学を制止できるか
「ステロイド外用薬が登場してもう70年以上になります。それでも、これを危険視する根拠のない俗説のせいで、患者さんは適切な治療を受けず、自己判断で薬の使用を制限した結果、深刻な健康被害を被っています。国が手を打たない限り、この状況はずっと続くのではないでしょうか」
「標準治療を定めた診療ガイドラインを作っただけでは、問題は解決しません。医師の側が、もっと積極的に患者さんに歩み寄って、コミュニケーションを取っていく必要がある。もっとも、保険診療下でできることには限りがありますから、看護師やスタッフを巻き込んで患者さんに何を提供できるか、診療体制含め抜本的な見直しに迫られるでしょう。もちろん、これらを今の制度下でクリニックが行うのは大変な負担です。しかし、患者さんに適切な形で医療を提供できていないのは、我々医療従事者の問題でもあるのです」
最後に、アトピーに悩む患者へのメッセージを聞くと、こう答えてくれた。
「どうか、皮膚科専門医から離れないでください。いろんな情報が飛び交っていて何を信じたらいいのか不安に思うでしょう。ですから最低限、今通っている皮膚科専門医から離れないでください。美容外科医や、専門が他にある医者ではなく、皮膚科専門医に通うこと」
「標準治療を行う病院にかかっていれば、民間療法を試して何か不具合が生じたとしても、最悪の事態になる前にドクターストップをかけてくれるでしょう。でも医療機関から離れて、民間療法についていってしまったら、何が起きても誰も止めてはくれません。ですから、それだけはお願いしたいと思います」
※1 秀 道広,山村 有美,森田 栄伸,高路 修,山本 昇壯:アトピー性皮膚炎に対する民間療法の実態調査(西日本皮膚科)(2000)
※2 竹原和彦,飯塚一,伊藤雅章ほか:アトピー性皮膚炎における不適切治療による健康被害の実態調査(日皮会誌)(2000)
※3 佐藤未織,山本貴和子,羊利敏,苛原誠,石川史,岩間元子,宮田真貴子,齋藤麻耶子,宮地裕美子,稲垣真一郎,福家辰樹,野村伊知郎,成田雅美,鈴木孝太,大矢幸弘:Complementary and alternative medicine and atopic dermatitis in Children(J Dermatol Sci)(2020) Jan;97(1):80-82.
※4 2010年九州大学医学部皮膚科学教室 アトピー性皮膚炎ーよりよい治療のためのEvidence-based Medicine(EBM)とデータ集ー 民間療法
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