見過ごされてきた「大人の自傷行為」──支援の空白地帯に生きる人たち

「リストカット」という言葉には、どこか未成年者のイメージがつきまとう。しかし、実際には成人期以降の当事者もいる。そこで本稿では、「成人期以降の自傷」に焦点をあて、7人の当事者に話を伺った。
遠山怜 2026.02.05
誰でも

2025年3月3日、ABEMA Primeにて「大人の自傷行為」が特集された。当事者として番組に出演したゆうこさん(29歳)は、「自殺したいのとは違う」と前置きした上で、こう振り返る。

ゆうこさん

「幼少期から、自分の中に“自傷”という選択肢があったんです。私にとって、自傷行為は自殺という選択肢以外に与えられた、唯一の切り札でした」

このような、“自殺を目的としない自傷行為”を行う人は、一定数いるとわかっている。時に仕事をし、時に家族のケアを担う人々が、それでも痛みを手放せなかった理由とはなんだろうか。

※本記事には、虐待やいじめなど暴力に関する描写が一部含まれます。体調に不安を感じる方は、無理のない範囲での閲覧をお勧めします。

(取材・文:遠山怜)

***

自傷は“思春期特有の行動”?


“成人期以降の自傷行為”という言葉に、聞きなじみのない人もいるかもしれない。

例えば、自傷行為がニュースで報じられる際も、「思春期特有の問題」として扱われることが多い。実際、国内外の研究によると、自傷経験者は10代をピークに、年齢とともに減少に転じる傾向にあると示されている。※1 

こうした点から、思春期に多く見られる現象であることは確かだ。

しかし同時に、当事者のうち一定数は、成人期以降にも継続しているとわかっている。※2 しかも、この「成人期以降の自傷当事者」の中には、就労し、家庭を築き、ときに重要な社会的役割を担っている場合も少なくない。

一方で、医療機関につながっておらず、研究調査の対象外となっている当事者も少なくないと考えられ、その全体像は十分に把握されていない。日本国内においても、人口に占める割合や生活実態は不明なままだ。※3


心の痛みを我慢する方法は体が教えてくれた

調査はまだ発展途上であるが、成人期の自傷行為については、いくつか特徴があるとわかっている。例えば、自傷行為の習慣化には、大きく分けて2つのパターンがあると言われている。※4 ひとつは、思春期に自傷行為を始め、その後も継続しているケースだ。


まずは、幼少期から自傷が続いてきたケースを、実例をもとに紹介する。現在、2児の母であるAさん(37歳)が自傷行為を始めたのは、幼少期にさかのぼる。

※画像はイメージです。

※画像はイメージです。

Aさん

「母親は昔から癇癪持ちで、何かあるたびに私に暴力を振るいました。私が泣くと余計にヒートアップするので、我慢するために皮膚を掻きむしっていたのが始まりです。本能的に、耐え難い気持ちを痛みで紛らわす方法を、見つけたのかもしれません」

Aさんの虐待の後遺症は尾を引き、母となった今でも希死念慮に襲われることがある。Aさんは自傷に及ぶことで、死にたい衝動を抑えているという。

Aさん

「正直、今でも『死にたい』と思うことがあります。でも、幼い子どもたちを残して死ぬわけにはいかない。だから、死ぬ代わりに自分を傷つけて、何とか気持ちを収めています。もしかしたら、血を見ることで生存本能が呼び起こされて、『死んではダメだ』と冷静になり、踏みとどまれているのかも」

罰として、あるいは現実に踏みとどまるために

このように、思春期に虐待やいじめを経験し、気持ちの逃し方がない環境下で自傷を始め、習慣化するケースは少なくない。Bさん(23歳)は、小学校でのいじめを機に、自傷行為を始めたひとり。

Bさん

「小学校の同級生に見た目をからかわれて以降、『こいつはいじめてもいい存在』と見なされたのか、学校の先輩や後輩からもいじめられるようになりました。いじめは身体的な暴力に発展し、いつ殺されてもおかしくない状況でした。自分が人に嫌われている苦しさから、『自分を傷つけたら楽になるのかも』と冷蔵庫に頭をぶつけたり、刃物を当てる空想に耽るようになりました」

その後、いじめは中学・高校でも続き、Bさんは環境を変えるためにも専門学校に進んだ。しかし、専門学校の先輩から嫌がらせを受けるようになり、再び自傷を始める。

Bさん

「先輩に『あなたはこの分野に向いてない。辞めたら?』と言われた時に、『やっぱり自分はダメなんだ』と思ってやります。自分には“こういうこと”がお似合いなんだなって」

次に紹介するCさん(47歳)は、実父からの性暴力を経験した。以降、フラッシュバックや解離症状に悩まされ、中学生の頃に自傷を始めた。


Cさん

「解離すると魂が抜けたみたいになるんです。突然、意識や感覚からシャットダウンされて、自分だったものから切り離されてしまう。自傷行為は現実に踏みとどまるためにはじめました。痛みを感じたり、血を見たりすることで、自分に『しっかりしろ』と喝を入れていたんです」

人生の早期に、他人から自身の尊厳を軽んじられ、信頼関係がゆらぐ経験をすると、その後の心身の安定や対人関係にも影響しやすい。「自分はいない方がいい」という自己否定的な思いが消えず、人との関係にくつろぐことができない。

そうした状況下で、唯一効果が感じられた“応急措置”が、苦痛への対処法として習慣化するケースは少なくない。

心の葛藤は、体の痛みでしか止められない

思春期に自傷習慣が形成され、継続する人がいる一方で、成人期以降に「再発」または「開始」するパターンもある。Dさん(44歳)は30歳の頃、子育てと仕事の両立のストレスから自傷行為を始めた。

※画像はイメージです。

※画像はイメージです。

Dさん

「私は大学卒業後、すぐ結婚して子どもを授かったので、30歳で仕事に復帰した時は、人より社会人経験が圧倒的に少なかったんです。周りから年相応に求められることのギャップに戸惑うことも多く、業務の負荷と人間関係の複雑さにも疲弊していました」

Dさん

「私は幼少期に虐待を受けたり、学校でいじめられたりしたことはありません。でも内心はずっとモヤモヤしていました。子どもが大きくなって自分と向き合う時間が増えてきたからこそ、今まで見なくて済んだものに、直面したのかもしれない。自分の中にどうしようもないものがあって、それを解消するにはこれしかなかった。他の方法では、この言葉にできない思いが消えないんです。それに、傷を見ることで、『そうだよ、あの時つらかったんだな』と唯一、自分を肯定できるんです」

次に紹介するEさん(39歳)は、大学卒業を控えた22歳頃に、抜毛、過食嘔吐の代替として自傷行為を始めた。

Eさん

「その当時は、卒業論文と就活のプレッシャーで追い詰められていました。以前から抜毛や過食嘔吐する習慣があり、抜毛の代わりに切るようになりました。私の場合、ストレスと自傷が密接に関係しているんだと思います」

当事者の多くが自傷の効能として上げているのは、「即効性のある気分の変容」である。行為の直後に、「気持ちが落ち着いた・楽になった」「意識がシャッキリした」と語る人は多い。※5この実用性が、高ストレス下で身動きが取りづらい人々にとって、強力な利点になりうる。

当事者は、しばしば焦燥感、怒り、モヤモヤした葛藤を抱えつつ、忙しい日常生活を送っている。そうした名付けられぬ感情に向き合い、言葉にして正体を探るには、とかく時間がかかる。根本的な解決とはならなくても、今すぐ気分が切り替えられる方法がほしい。

多くの社会人が、風邪を引いたら解熱剤を飲んでだましだまし働くように、当事者もまた一時しのぎとは知りつつも、現実的な対処法として手放せないのかもしれない。

なお、本取材で扱う「自傷」とは、主にカミソリで皮膚を切る、刺すといった行為を指すが、Eさんのような抜毛や過食嘔吐、市販薬等のオーバードーズ(過剰服薬)と併存して現れることもある。

就労を阻む見えない壁

加えて、社会の偏見を避けるために、就労や人付き合いにさまざまな制約を感じている人もいる。Fさん(36歳)は、傷跡を隠して働ける職場は、職種に偏りがあると話す。

Fさん

「服装自由の職場は、データ入力など事務仕事がほとんどです。私は昔から落ち着きがなく、じっと座っていたり細かい作業をするのが苦手で、そうなると職種がかなり絞られてしまうんです」

Gさん(41歳)は、スポーツのインストラクターを目指していたが、職場の“暗黙の了解”のために諦めた。

Gさん

「制服がない職場でも、なんとなく『肌を出すのが当たり前』な雰囲気があり、断念しました。就職活動では、ふとした瞬間に傷が見えていないか、いつも疑心暗鬼になります。日常生活でも、傷がある方の手は隠すようにしていて、それもストレスです」

“大人の自傷”を誰も想定していない

取材で明らかになったのは、当事者が自傷に及ぶ時、その背景には虐待やいじめ、社会的孤立、貧困など個人では対処不能な困難が複雑に絡み合っている、ということだ。当事者は、それらの問題を前に、自身の感情や気分を落ち着ける応急措置として、自傷に及んでいる。

しかも、取材協力者の7名は全員、「他のストレス解消法を知った・試した上で」自傷に及んでおり、何らかの医療・心理的ケアと並行して継続している時期があった。当事者にとって自傷行為は、ままならない状況下でコントロール感覚を取り戻せる唯一の行為であり、本人にとって“特別な意味”を有していた。


ここで考えるべきは、周囲の人の声かけは、しばしば「相手は無知である」前提に立っているということだ。当事者が、他の対処法を知らず、傷が残るリスクを理解していないかのような言葉かけをしている例は多い。


特に成人期の場合は、すでに自傷習慣が根付いていたり、自傷に他の代替法にはない効果を感じている場合が多い。自傷を始めて日が浅い想定に立った声かけは、本人の孤立感を強める危険性がある。

イメージではなく、当事者の声に耳をすませて

では、これらの事態を前に、周囲の人はどう対応すべきだろうか。「私は大丈夫」という本人の言葉を鵜呑みにして、放っておくのが得策だろうか。

ただし、ひとつ知っておくべきは、現在の均衡は本人の頑張りのみに支えられて成り立っているということだ。生活環境が変わったり、別のストレス要因が重なったりした場合、踏ん張りが利かなくなる可能性がある。

事実、自傷によって当座は切り抜けても、慢性的なストレスに晒された結果、精神状態の悪化を招きやすいと指摘されている。※6 

自傷は多くの場合、自殺を目的とした行為ではないが、長期のストレスで精神的な余力が摩耗し、危機的状況に移行する可能性は否定できない。

そのため近年、専門家の間では、自傷行為を単独で問題視せず、深刻な心理的負荷や支援ニーズを示す「サイン」として理解し、支援につなぐ必要性が強調されている。※7

※画像はイメージです。

※画像はイメージです。

つまり、周囲の人が当事者と向き合う際、最も気にすべきは「自傷をどう辞めさせるか」ではなく、「背景にある困りごとは何か」という点である。「リストカットの漠然としたイメージ」を頼りに、声かけの正解を探るよりも、まずは当事者の身に何が起きているか、相手の声に耳を澄ませることが最低限求められる。

問題の多くは、発生して年月が経っていたり他の要因と絡み合っていたりして、一朝一夕に解決できる内容ではないかもしれない。特に成人期の当事者や男性は、医療や福祉支援につながるハードルが高く、既存の支援の型にはまらない可能性がある。

だからこそ、何ができるか当事者と一緒に考え、模索し続ける必要がある。本人にとって効果的な支援の形は、対話と実践のなかで見えてくるだろう。

取材に応じてくれたAさんは、こう語る。

Aさん

「自傷の背景には、人それぞれ事情がある。『自傷の正しい接し方』を気にするよりも、その人自身の声に耳を傾けてほしい」

※年齢はすべて取材当時のものです。

***

「皮膚とこころ」は、新たに成人期自傷行為の研究調査と、②応援プランを始めます。

①「成人期自傷行為の研究調査」協力者募集

日本において研究調査が十分に進んでいない「成人期の自傷行為」について、生活実態や背景、支援ニーズを明らかにするため、ニュースレター「皮膚とこころ」のライター・遠山怜が独自調査を行います。

■対象(参加条件)

・成人期以降(概ね18歳以降)に自傷を経験したことがある方(現在継続している方・過去に経験した方のいずれも可)

・性別不問

・日本語でのやり取りができる方

【対象となる「自傷行為」とは】

本研究でいう自傷行為とは、以下のような行為を指します。

  • 刃物などで皮膚を切る(いわゆるリストカット等)

  • 自分の身体を強く叩く、殴る、壁などに打ち付ける

  • 針や刃物などで身体を刺す

  • 強く引っかく、掻き壊すなどして出血や傷跡が残る行為

  • 皮膚をむしる、傷を治さない・かさぶたを繰り返し剥がす行為

  • 火・熱・薬品などによってやけどを負わせる行為

自殺を目的とせず、これらの行為を一度でも経験したことがある場合は、本研究の対象に含まれます。「自傷だと思っていなかった」「そう呼ぶには抵抗がある」場合でも問題ありません。

■方法・負担(目安)

  • オンラインでのインタビュー(所要時間:30分~60分程度/原則1回)

  • 主にお伺いしたいこと:自傷を始めたきっかけ、継続・再発に至った経緯、日常生活・職場・対人関係で困っている(いた)こと など

  • 謝礼の有無:なし

■倫理的配慮

  • 参加は完全に自由であり、途中で中止・辞退することができます
    話したくない内容は無理にお話しいただく必要はありません

  • 取得した情報の取り扱い(匿名化の有無/公開範囲/保管期間等)については、同意書で詳細にご説明します

研究調査への参加を検討いただける方は、こちらのGoogleフォームよりご登録ください。

ご登録後、研究の目的・方法・倫理的配慮について詳しくご説明したうえで、参加を希望される方に同意書をお送りします。
※参加・不参加は完全に自由であり、途中での辞退も可能です。

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②「皮膚とこころ」応援プラン

本研究は、調査の独立性と中立性の観点から、「皮膚とこころ」の監修元である「きずときずあとのクリニック」とは切り離し、ライター・遠山怜が単独で実施します。

「応援プラン」でご支援いただいた費用は、本研究の取材・調査活動の活動源になります。

  • ニュースレターの読者登録は、これまで通り無料です

  • 応援プランは、月々以下の金額から活動をご支援いただけます。

  • 月額500円/1,000円/2,000円/任意の金額

  • 研究の独立性を守るため、応援内容に応じたサービス提供や返礼は行いません

皆様のご支援の透明性を確保するため、年度ごとに応援金の総額および主な使途については「皮膚とこころ」上でご報告します。利益相反(COI)に関する考え方や本研究の立場については、こちらをご覧ください。

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【参考論文】

論拠として、自殺意図がない自傷(NSSI)に関する論文のほか、自殺意図の有無を問わない自己加害を対象とした調査も一部含んでいます。

※1 Esposito, C., et al. “Developmental trajectories of nonsuicidal self-injury from adolescence to early adulthood: A systematic review of longitudinal studies.” European Child & Adolescent Psychiatry (online first, 2022).

※2 Moran, P., Coffey, C., Romaniuk, H., et al. “The natural history of self-harm from adolescence to young adulthood: A population-based cohort study.” The Lancet 379(9812) (2012): 236–243.

※3 Plener, P. L., & Fegert, J. M. “Nonsuicidal self-injury: a condition for further study.” Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health 9 (2015): 30.

※4 Ribeiro, J. D., Franklin, J. C., Fox, K. R., et al. “Self-injurious thoughts and behaviors as risk factors for future suicide ideation, attempts, and death: A meta-analysis of longitudinal studies.” Psychological Medicine 46 (2016): 225–236.

※5 Kiekens, G., Hasking, P., Claes, L., Mortier, P., Auerbach, R. P., & Bruffaerts, R. (2023).“Persistence of nonsuicidal self-injury into adulthood and associated psychopathology.”Journal of Affective Disorders, 321, 190–198.

※6 Klonsky, E. D. (2007).“The functions of deliberate self-injury: A review of the evidence.”Clinical Psychology Review, 27(2), 226–239.

※7 National Institute for Health and Care Excellence (NICE). (2022).Self-harm: assessment, management and preventing recurrence (NG225).London: NICE.

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